「十字架に引き渡される御子」
マタイ26:1〜5、14〜16
今朝の説教より
「十字架に引き渡される御子」マタイ26:1〜5、14〜16
イエスさまは過越祭を祝うエルサレムで十字架につけられます。これを前にしてイエスさまは弟子たちが心得ておくように言います。「あなたがたも知っているとおり、二日後は過越祭である。人の子は、十字架につけられるために引き渡される」。弟子たちが知っておくべきなのは、イエスさまを十字架で殺そうとする者たちの思いを超えて、神さまこそがイエスさまを十字架へと引き渡すということです。
イエスさまは多くの人の身代金として十字架で自らの命を献げます。神さまはこのイエスさまを死者の中から復活させ、イエスさまがわたくしたちのための過越の小羊であるとお示しくださいました。かつて神さまはイスラエルの人々をファラオの支配から解き、神の民として導き出すため、過越の小羊を屠らせ、種入れぬパンを食べさせました。今や神さまはイエスさまによりわたくしたちをあらゆる支配から解き、イエスさまの命に生かします。
教会の初代指導者パウロは言います。「いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。…キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。だから、古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないで、パン種の入っていない、純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか」(1コリント5:7-8 p.305)。人間の思惑を超えて神さまが生かす命があるのです。
