4/12「神が召し出した者たち」
マタイ23:37〜24:2


今朝の説教より(4/12

かみしたものたちマタイ23:37〜24:2

このしゅうはじめの群衆ぐんしゅうエルサレムへとやってイエスさまにかって祝福しゅくふくあれ、しゅ御名みなによってひと(詩編118:26)」とほめたたえ、このみやこへとむかえます(マタイ21:9)。イエスさまのことを、まるで自分じぶんたちのおうとしてむかえたのです。そしてイエスさまが神殿しんでん境内けいだいはいってくると、群衆ぐんしゅうあつまってイエスさまのおしえをきます。

ところがイエスさまはいます。エルサレム、エルサレム、預言者よげんしゃたちをころし、自分じぶんつかわされた人々ひとびといしころものよ、めんどりひなはねしたあつめるように、わたしはおまえらを何度なんどあつめようとしたことか。だが、おまえたちはおうじようとしなかった。」この数日後すうじつのち群衆ぐんしゅうイエスさまをらえ(26:47)、「十字架じゅうじかにつけろ」とさけびます(27:23)かみさまがつかわしたこのかた十字架じゅうじかころされてしまうのです。

それでもかみさまは一人ひとりひとりあつめようとのぞまれます。このため群衆ぐんしゅう退しりぞけたイエスさまを死者ししゃなかから復活ふっかつさせそのこえひびかせてくださいました。かみさまはイエスさまを土台どだいとする教会きょうかいへと一人ひとりひとりします。いえてるもの退しりぞけたいしすみ親石おやいしとなった」のです。この土台どだいうえに、めんどりひなはねしたあつめるようにしてわたくしたちをあつめてくださいます。そしてしゅによってられるかたに、祝福しゅくふくがあるように」とイエスさまをまことおうとしてむかあたてくださるのです。