魂を清める御方
今朝の説教より(3/29)
「魂を清める御方」
イエスさまの厳しい言葉が続きます。律法学者やファリサイ派の人々は薄荷など小さな実りの十分の一をも献げて律法を遵守しようとする。その一方で、隣り人への正義、慈悲、誠実はないがしろにしている。また、杯や皿の外側はきれいにするが、内側は強欲と放縦で満ちている。そうやって外側は人に正しいように見せながら、内側は偽善と不法で満ちている。イエスさまは指摘しますが、それは聞く一人ひとりがそうあって欲しくないからです。
イエスさまは、神の御前に立つはずの民の限界をここに示します。この民は、神さまがお遣わしになった預言者たちを迫害し殺してきました。それが旧約聖書に一貫して語られていることです。そしてこの時、この民は神の子としてやって来たイエスさまを受け入れず、十字架の死へと追い込んでゆくのです。
わたくしたちは外面をきれいにできたとしても、内面をきれいにできるわけではありません。整った儀式で気持ちを新たにされても、魂を変えることはできません。それは旧約の民もそうです。このためイエスさまは十字架でご自身の命を献げます。これが、神さまがわたくしたちの魂を清めるための献げ物であることを、神さまはイエスさまを死から復活させてお示しになりました。神さまはわたくしたちへ誠実と慈悲と正義を全うし、イエスさまによってわたくしたちの魂を清めてくださるのです。