魂を清める御方


今朝の説教より(
3/29) 

「魂たましいを清きよめる御方おかた」マタイ23:22〜36

イエスさまの厳きびしい言葉ことばが続つづきます。律法学者りっぽうがくしゃやファリサイ派はの人々ひとびとは薄荷はっかなど小ちいさな実みのりの十分じゅうぶんの一いちをも献ささげて律法りっぽうを遵守じゅんしゅしようとする。その一方いっぽうで、隣となり人びとへの正義せいぎ、慈悲じひ、誠実せいじつはないがしろにしている。また、杯さかずきや皿さらの外側そとがわはきれいにするが、内側うちがわは強欲ごうよくと放縦ほうじゅうで満みちている。そうやって外側そとがわは人ひとに正ただしいように見みせながら、内側うちがわは偽善ぎぜんと不法ふほうで満みちている。イエスさまは指摘してきしますが、それは聞きく一人ひとりひとりがそうあって欲ほしくないからです。

イエスさまは、神かみの御前みまえに立たつはずの民たみの限界げんかいをここに示しめします。この民たみは、神かみさまがお遣つかわしになった預言者よげんしゃたちを迫害はくがいし殺ころしてきました。それが旧約きゅうやく聖書せいしょに一貫いっかんして語かたられていることです。そしてこの時とき、この民たみは神かみの子ことしてやって来きたイエスさまを受うけ入いれず、十字架じゅうじかの死しへと追こい込こんでゆくのです。

わたくしたちは外面がいめんをきれいにできたとしても、内面ないめんをきれいにできるわけではありません。整ととのった儀式ぎしきで気持きもちを新あらたにされても、魂たましいを変かえることはできません。それは旧約きゅうやくの民たみもそうです。このためイエスさまは十字架じゅうじかでご自身じしんの命いのちを献ささげます。これが、神かみさまがわたくしたちの魂たましいを清きよめるための献ささげ物ものであることを、神かみさまはイエスさまを死しから復活ふっかつさせてお示しめしになりました。神かみさまはわたくしたちへ誠実せいじつと慈悲じひと正義せいぎを全まっとうし、イエスさまによってわたくしたちの魂たましいを清きよめてくださるのです。