「愛に根ざして共に成長する」


今朝の説教より(3/8)

あいざしてとも成長せいちょうするエフェソ4:1〜16

パウロはエフェソの教会きょうかい人々ひとびとかみさまがまねものとしてしにふさわしくあゆむようにすすめます。しにふさわしくあゆむとはかみさまの「びかけ()」と自分じぶんの「かた」がって生活せいかつすることです。

教会きょうかいつらなる人々ひとびとすでにちち聖霊せいれいによってひとつにされ、一致いっちています。わたしたちは教会きょうかい一致いっちするために頑張がんばるのではありません。その一致いっちこわさないでたもつようにあゆ必要ひつようがあるのです。

かしらであるキリストのからだとして、この教会きょうかいあたえられました。しゅイエスはこの教会きょうかいつくげるため一人一人ひとりひとりに「賜物たまものはかりにしたがって」、めぐみをあたえます(7)。ですから、わたしたちにあたえられた賜物たまものすべてはしゅイエスのめぐみなのです。わたしたちはそれぞれ賜物たまものおうじてかみさまにつかえる奉仕ほうしわざをなします。そしてキリストのからだつくげてゆきます(13)。パウロは、キリストのからだ一肢ひとえだあやまったおしえにしたがったり、かぜのようにわりやすいおしえにまわされたりする、未熟みじゅくものになってはならない、とおしえます。

「むしろ、あいざして真理しんりかたり、あらゆるめんで、かしらであるキリストにかって成長せいちょうしていきます(15)」。教会きょうかいかしらであるキリストを中心ちゅうしんとし、そのかたからいのちあたえられ、かされます。このしゅイエスのあいはわたしたちのためにになった十字架じゅうじか復活ふっかつによってあきらかにされました。わたくしたちはそのあいにしっかりざしてとも成長せいちょうさせていただくのです。