「いったい、この方はどなたなのだろう」
今朝の説教より(2/15)
「いったい、この方はどなたなのだろう」
わたしたちは、信仰の目、信仰の耳、信仰の心を神へと向けていないと、本当には、主イエス・キリストに出会うことはできません。主イエスは神の国の福音を示すために、たとえを用いて話され、また、御業によって、指し示しておられました。
主イエスは弟子たちに舟を出すようにと命じると、眠ってしまわれます。伝道の疲れをいやすためでもあったでしょうが、神にすべてをゆだねて安心して休んでおられるのです。
ところが、激しい突風によって、舟は波をかぶり、水浸しになり、弟子たちは、助けを求めて、主イエスを起こします。主イエスは、風と湖を静めると、「まだ信じないのか」と言います。弟子たちは、「いったい、この方はどなたなのだろう」と言います。
主イエスと一緒に舟に乗っている弟子たちは、主イエスがともにいながらも、主イエスが本当の救い主であることが、「まだ」分からないのです。
それは、主イエスが共にいてくださっていながら、このわたしの救い主であることを信じ切れていなかったからです。主イエスは、それでも、心から信じるものとなるようにと、粘り強く、御言葉を伝え、御業を行いながら、わたしたちを罪から救うために、十字架へと歩まれました。